島田 源八郎 |
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出身 | 不明 | ||
職名 |
島田源八郎は龍馬暗殺前後の海援隊員で詳しいことはわかっていない。
龍馬暗殺後の新隊長「長岡謙吉」を中心とした新海援隊として同志十二人の中の一人。
この新海援隊は天領であった小豆島を占領している。
島田源八郎はその時のメンバーの一人で大半が土佐藩の出身者であった。
その後の新海援隊は讃岐諸島の治安維持部隊となり、塩飽諸島の平定に赴いた。
以降の島田 源八郎についての詳細は不明。
しかし、建白書「佐渡ヵ島、伊豆七島の占領鎮撫許可願」というものが残っており、これは、佐渡、三宅、八丈島などの旧幕府領を鎮撫することの許可を新政府へ願い出たもので、そこに土州海援隊として、石田英吉、長岡謙吉、勝間桂三郎、島田源八郎、佐々木多門と連記署名してあります。
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