能島城:村上源氏の末裔で村上水軍を率いた村上武吉の水軍城 能島城 【お城特集 日本の歴史】

能島城/アクセス・場所・地図 村上源氏の末裔で村上水軍を率いた村上武吉の水軍城 能島城 【お城特集 日本の歴史】

【城名】
能島城

【城の説明】
能島城は村上源氏の当主「村上武吉」が率いる瀬戸内海の村上氏の居城である。もともとは伊予河野家との繋がりが深いが戦国時代に入ると半独立した形の存在であった。

毛利元就がまだ弱小で「陶晴賢」と厳島の戦いでは最後の最後に毛利方に与して元就を勝利へと導いた。その後も毛利家の一族「小早川隆景」との繋がりが強くこれに臣従(正確には客将)していた。

武吉は瀬戸内海を通る船の通行税(帆別銭)や雇われ警護などで収入を得ていたが、豊臣秀吉が天下を取ると海賊禁止令を発令。村上家も瀬戸内海から上がる収入を失う形となった。

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一時は毛利家に従わず毛利勢に能島全体を囲まれたりしたが、結局は毛利家と進退をともにした。とかく海賊大名ということで秀吉からは嫌われ、各地へ配流される身となり、これを小早川隆景が陰で援助していた。

戦国時代末期に入ると能島城は廃城となり能島は無人島となった。これ以降この地を治める大名もなく、明治時代を迎えた。

なお、村上武吉の後は次男「景親」が継ぎ毛利家の家臣として家系は続いた。長男の元吉は関ヶ原の戦いで西軍側につき、東軍「加藤嘉明」の城、伊予松前城攻めにて戦死している。

【能島城・場所・アクセス】
〒794-2203 愛媛県今治市宮窪6574






【能島城地図】



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