【藩名】
吉井藩(矢田藩)
【説明】
第9代藩主「松平信発」は安政6年(1859年)、常陸水戸藩主「徳川斉昭」蟄居の命を伝える上使を務めた功績から、莫大な恩賞を受けた。藩政においても農民兵を採用した軍制改革を行っている。最後の藩主「松平信謹」は慶応4年(1868年)2月22日、徳川家との訣別を表すため、松平姓を捨てて吉井姓に改めている。その後の「戊辰戦争」では新政府側に与して戸倉に出兵した。
明治2年(1869年)の「版籍奉還」では上野国の諸藩に先駆けて行い、信謹は吉井藩知事となる。同年12月25日、信謹は藩知事を辞して吉井藩は廃藩となった。その後、吉井の地は岩鼻県、群馬県、熊谷県を経て、最終的に群馬県に編入された。
【場所・アクセス・地図】
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