タグ:日本の歴史
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高山右近:高槻城主キリシタン大名 高山右近(ジュスト右近)前編【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 高槻城主キリシタン大名 高山右近(ジュスト右近)前編 高山右近(たかやま うこん)は、戦国時代の武将から大名にまでなった人物である。高山右近はキリシタン大名としてその名を知られている。 …詳細を見る -
堀尾吉晴:戦に明け暮れた生涯 豊臣政権では三中老の一人 松江城主堀尾吉晴【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 戦に明け暮れた生涯 豊臣政権では三中老の一人 松江城主堀尾吉晴 堀尾吉晴は、安土桃山時代から江戸時代前期の戦国武将であり、大名となる人物である。豊臣政権時代には三中老の一人となる。ちなみに三…詳細を見る -
天童城(天童藩陣屋跡):最上氏の一族で最上義光に滅ぼされた天童頼澄の天童城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 天童城 【城の説明】 天童城は最上氏の一族の里見氏が初代とされおり、今の天童市に拠点を構えた。 このことから天童氏と名乗るようになり、以後代々栄えてきた。 一方本家である「最上義光」とは領地な…詳細を見る -
浅井長政 後編:朝倉家の滅亡に続き小谷城も落城 浅井家3代にて滅亡 後編【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 朝倉家の滅亡に続き小谷城も落城 浅井家3代にて滅亡 後編 天正元年(1573年)7月、信長は3万の軍勢を率いて再び北近江に攻め寄せた。長政は朝倉義景に援軍を要請し、義景は2万の軍勢で駆けつけ…詳細を見る -
浅井長政 中編:織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 織田家との決裂から姉川の戦い 武田信玄の西上へ 中編 元亀元年(1570年)信長が浅井長政と交わした「朝倉への不戦の誓い」を破り、徳川家康と共に琵琶湖西岸を通過して越前国の朝倉方の城を攻め始…詳細を見る -
弁天台場跡:新政府軍からの函館湾防衛に用いられた旧幕府軍の弁天台場【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 弁天台場跡 【説明】 弁天台場は箱館港の防衛拠点として1863年(文久3年)に完成した砲台である。 洋式城郭五稜郭を手掛けた「武田斐三郎」の設計により、徳川幕府が約8年の歳月をかけて建造した。 …詳細を見る -
前田利家像:織田信長の家臣にて荒子城主でもあった前田利家像(荒子駅前)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 前田利家像 【説明】 荒子城主は兄の「前田利久」が継ぐ予定であったが織田信長の小姓であり、お気に入りでもあった利家が兄をさしのけて荒子城主に任命された。 前田家としても権力者信長の意に反することは…詳細を見る -
浅井長政 前編:北近江の名将にて織田信長の義弟 浅井長政【日本の歴史ブログ】
■ 日本の歴史ブログ 北近江の名将にて織田信長の義弟浅井長政 前編 浅井長政は戦国時代の武将であり大名である。呼称は「あざい ながまさ」と「あさい ながまさ」の2説ある。長政は北近江の戦国大名浅井家の3代目当主に…詳細を見る -
浅井長政・お市像:小谷城の麓 河毛駅前に建つ浅井長政・お市像【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 浅井長政・お市像 【説明】 ※写真は小谷城麓に建立された浅井長政と妻のお市像 【浅井長政・お市像・アクセス・場所・地図】 〒529-0317 滋賀県長浜市湖北町山脇545 …詳細を見る -
練兵館跡:幕末の江戸三大道場の一つ神道無念流 斎藤弥九郎の練兵館【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 練兵館跡 【説明】 練兵館(れんぺいかん)は、江戸の三大道場の一つに数えられた剣術道場である。 創始者は「斎藤弥九郎」で「神道無念流」という有名な流儀であった。 ちなみに、江戸の三大…詳細を見る -
新井白石:幕政に関与した上総国久留里藩出身の儒学者 新井白石【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 新井白石銅像 【説明】 新井白石は江戸時代中期の学者である。白石は上総国久留里藩土屋家で生まれ育ったが、久留里藩主「直樹」の代に「直樹」の奇行により久留里藩は改易されてしまう。 ※久留里城 …詳細を見る -
一橋邸跡:御三卿の一つで最後の将軍徳川慶喜(一橋慶喜)を排出した名門一橋家屋敷跡【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 一橋邸跡 【説明】 御三卿の一つ一橋家の屋敷は江戸城一橋門内(現在の千代田区大手町1丁目4番地付近)にあった。 御三卿とは御三家に次いで将軍職を受け継ぐことが出来る家柄のこと指し、「一橋家」「田安…詳細を見る -
山岡鉄太郎:勝海舟の使いにて西郷隆盛と会談 幕末の三舟の一人山岡鉄太郎(鉄舟)【史跡 日本の歴史】
【史跡名】 山岡鉄太郎銅像 【説明】 山岡鉄太郎(通称:鉄舟)は幕末の剣客にして禅・書も極めた人物として知られている。幼少期から武芸に励み北辰一刀流の門をたたく。その傍ら、庄内藩郷士「清河八郎」らとともに尊王攘…詳細を見る -
大河内城:織田信長との籠城戦の末に降伏した北畠具教の居城 大河内城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 大河内城 【大河内城の説明】 大河内城は三重県松坂市にあった山城である。 伊勢は国司北畠氏により治められた地で、戦国時代初期までは北畠氏の勢力はほぼ全域に及んだ。 しかし、隣国の織田信…詳細を見る -
小牧山城:美濃の斎藤龍興攻略(稲葉山城)のため織田信長が拠点とした小牧山城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 小牧山城 【城の説明】 小牧山城はかつて織田信長が本拠としていた城である。 東の今川義元を討った信長は松平元康(徳川家康)と同盟を結ぶことにより、西への進撃を開始。 まずは美濃を制圧することに…詳細を見る -
能島城:村上源氏の末裔で村上水軍を率いた村上武吉の水軍城 能島城 【お城特集 日本の歴史】
【城名】 能島城 【城の説明】 能島城は村上源氏の当主「村上武吉」が率いる瀬戸内海の村上氏の居城である。もともとは伊予河野家との繋がりが深いが戦国時代に入ると半独立した形の存在であった。 毛利元就がまだ弱…詳細を見る -
多門山城:松永久秀が築城 画期的な多門櫓が有名な多門山城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 多門山城 【城の説明】 多門山城は奈良県奈良市法蓮町にあった平山城である。 三好長慶の重臣「松永秀久」によって築城された。 久秀は多門山城を大和の国を治める拠点としており、ここから信長の命によ…詳細を見る -
信貴山城:織田信長への謀反により松永久秀は籠城・爆死 多門山城と並ぶ名城 信貴山城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 信貴山城 【城の説明】 信貴山城は生駒山の系統の信貴山にあった山城である。 もともとは「木沢長政」の居城だったが「太平寺の戦い」で討ち死にすると永禄2年(1559年)に「松永久秀」が城を修復し大規模…詳細を見る -
野田城:今川家や武田信玄に攻められ2度の降伏をした菅沼定盈の野田城【日本の歴史 お城特集】
【城名】 野田城 【城の説明】 野田城は愛知県新城市にあり戦国時代初期に菅沼氏によって築かれた。 本丸、二の丸、三の丸があり、天然の要害として知られていた。 もともと今川氏に従っていた「菅沼定盈」は桶狭…詳細を見る -
篠山城:西国の抑えとして松平康重が入城し天下普請にて築城された 篠山城【お城特集 日本の歴史】
【城名】 篠山城 【篠山城の説明】 篠山城の歴史は他の城とは違い、とても浅く「関ヶ原の戦い」や「大坂夏の陣」が終わった頃に築城された城である。 徳川家康は西国大名への抑えとして、松平康重を常陸笠間城から丹波八…詳細を見る
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