【城名】
松倉城
【松倉城の説明】
松倉城は富山県魚津市にあった山城で「越中三大山城」の一つである。
南北朝時代のあと椎名氏の居城として東越中を中心に栄えた。
戦国時代に入ると上杉謙信に属していた「椎名康胤」は甲斐の「武田信玄」に寝返り、上杉軍から攻撃を受け城は落城し康胤は逃亡した。これにより椎名氏による長い統治に終止符が打たれる。
椎名氏が退いたあとは謙信の家臣「河田長親」が城主となり、天正8年(1580年)には「神保長住」の攻撃を受けるが見事に撃退している。
天正10年(1582年)、北陸地方攻略担当の織田家武将「柴田勝家」が魚津城を攻撃し、城は落城。魚津城の落城後に「松倉城」も織田軍の手に落ちた。
同年、山城国(京都)にて「本能寺の変」が勃発し、織田信長が明智光秀に討たれると柴田軍は越中からの撤退を開始する。この混乱により松倉城はすぐに上杉家が奪い返した。しかし、翌年、1583年には「佐々成政」が越中統一の軍を起こし松倉城主の「須田満親」は降伏・開城した。
成政は越中の拠点を山城の松倉城から「魚津城」へと移し、城下町の整備や城の改修を行った。これにより、松倉城は廃城になったと伝えられている。
【松倉城・場所・アクセス】
〒937-0834 富山県魚津市字城山3−2
【松倉城地図】
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