歴史ブログ
天正大地震とは:帰雲城が消えた夜と、秀吉が家康攻めを断念した理由
旭姫と大政所:秀吉はなぜ妹と母を差し出したのか 家康を臣従させた人質外交
秀吉はなぜ関白になったのか:征夷大将軍を選ばなかった理由と豊臣姓の創出
大坂城築城と豊臣秀長:石と材木をどう集めたか 天下普請の原型と弟の実務
前田利家はなぜ賤ヶ岳で退いたのか:裏切りか生き残りか 加賀百万石への分岐点
柴田勝家とは:瓶割り柴田の実像と、北ノ庄城で迎えた最期 賤ヶ岳の敗因
豊臣秀長と秀吉の出自:異父弟説の真相と、なぜ弟だけが最後まで裏切らなかったのか
お市の方と浅井三姉妹:二度の落城を生きた信長の妹 北ノ庄で娘を送り出した夜
国友鉄砲の里(長浜市):鉄砲鍛冶の里と国友一貫斎 資料館の見どころとアクセス
北海道・東北エリア
福島城跡(杉目城・大仏城):県庁が建つ城跡と、秀吉に壊され百年後に戻った城
棚倉城跡(亀ヶ城公園):丹羽長重が神社を移して築いた城と、六百年立つ大ケヤキ
天童城跡(舞鶴山):最上義光に落とされた天童氏の山城と将棋駒を生んだ吉田大八
新庄城跡(最上公園):戸沢氏十一代の居城と、少年の記憶から描かれた城の絵図
鶴ヶ岡城跡(鶴岡公園):庄内藩酒井家十四万石の居城と藩校致道館
三春城(舞鶴城):田村三代と伊達政宗の正室・愛姫を生んだ田村氏の居城
二本松城(霞ヶ城):粟ノ巣の変と畠山氏の滅亡、千人溜から出陣した二本松少年隊
岩出山城:伊達政宗が仙台城へ居城を移すまで本城とした岩出山城
山形城跡(霞城公園):最上義光が二万三千を迎え撃った城と、指揮棒に刻まれた十七文字
関東・甲信エリア
飯山城跡(長野県史跡):謙信が縄張りした越後への要地と、面ごとに変わる本丸の守り
堀田佐野城跡(植下町):文政十一年に築かれ四十一年で終わった城と西村茂樹の碑文
皆川城跡(法螺貝城):山を丸ごと刻んだ階段状の曲輪と、栃木城と同じ年に消えた城
館林城跡(尾曳城):沼が要害だった城と、徳川綱吉を将軍に送り出した館林藩
栃木城跡(栃木市):皆川広照が築き十八年で消えた城と連歌の巻物
丸山城址公園(伊勢原市):太田道灌が謀殺された糟屋の台地に残る中世城郭
壬生城址公園(壬生町):天守も櫓もなく将軍が泊まった城と精忠神社の鳥居元忠
児山城跡(下野市):宇都宮一族が築いた土の城 回字状の堀と土塁が残る県指定史跡
龍岡城五稜郭:日本に二つしかない星形城郭 松平乗謨が幕末信州に築いた洋式の城
北陸エリア
御館跡(上越市):謙信が上杉憲政のために築いた館と、直江兼続が世に出た御館の乱
前田利家はなぜ賤ヶ岳で退いたのか:裏切りか生き残りか 加賀百万石への分岐点
柴田勝家とは:瓶割り柴田の実像と、北ノ庄城で迎えた最期 賤ヶ岳の敗因
お市の方と浅井三姉妹:二度の落城を生きた信長の妹 北ノ庄で娘を送り出した夜
福井城址:結城秀康が築いた越前六十八万石の城と名井「福の井」
勝山城(越前):柴田勝家の一族柴田勝安が築城した越前勝山城(模擬天守)
大聖寺城:関ヶ原の戦いでは山口宗永が前田利長に攻められて籠城・自刃した大聖寺城
栃尾城:上杉謙信が幼少期を過ごし跡目相続の初陣の場となった栃尾城
本与板城:直江景綱が与板城へ拠点を移すまで直江氏の本城だった 本与板城
東海エリア
天正大地震とは:帰雲城が消えた夜と、秀吉が家康攻めを断念した理由
旭姫と大政所:秀吉はなぜ妹と母を差し出したのか 家康を臣従させた人質外交
豊臣秀長と秀吉の出自:異父弟説の真相と、なぜ弟だけが最後まで裏切らなかったのか
熱田神宮:織田信長が桶狭間の戦勝を祈願した草薙神剣の社と信長塀
桑名城(扇城):本多忠勝が築いた伊勢の玄関口 七里の渡しと慶長の町割り
津城(安濃津城):織田信包が築き藤堂高虎が大改修した伊勢三十二万石の城
霧山城(多気城):北畠具教が大河内城へ拠点を移すまで北畠氏の本城だった霧山城
波切城(波切砦):九鬼嘉隆が田城城の支城とした波切城
田丸城:北畠具教・具房親子の居城で織田信長の攻撃で降伏・開城した田丸城
近畿エリア
秀吉はなぜ関白になったのか:征夷大将軍を選ばなかった理由と豊臣姓の創出
大坂城築城と豊臣秀長:石と材木をどう集めたか 天下普請の原型と弟の実務
国友鉄砲の里(長浜市):鉄砲鍛冶の里と国友一貫斎 資料館の見どころとアクセス
金閣寺・銀閣寺・清水寺と戦国時代──京都の名刹が見た「乱世のはじまり」と復興
池田屋事件のすべて──新選組はなぜ三条小橋で斬り込んだのか(跡地は今「はなの舞」)
大村益次郎「木屋町の遭難」──“日本陸軍の父”はなぜ同郷の刃に斃れたのか
佐久間象山「三条木屋町の遭難」──幕末最大の先覚者はなぜ京で斬られたのか
坂本龍馬・中岡慎太郎「近江屋事件」──維新の立役者はなぜ京の醤油商の二階で斃れたのか
二条城:徳川家康が築き大政奉還の舞台となった世界遺産の名城
中国エリア
足守陣屋:木下家定が関ヶ原の戦い後に徳川家康より2万5千石で拝領した足守陣屋
庭瀬城(庭瀬陣屋):戦国時代は三村元親の支城で江戸時代には板倉氏が支配した庭瀬城
大内氏館:陶晴賢の謀反により討たれた大内義隆ら歴代大内氏の居館 大内氏館
沼城(亀山城):宇喜多直家が岡山城へ移るまで拠点とした沼城(亀山城)
佐東銀山城:毛利元就の攻撃により落城した名門安芸武田氏の居城 佐東銀山城
吉田郡山城:毛利元就飛躍の城で広島城へ移転まで本城だった毛利家の吉田郡山城
羽衣石城:毛利元就と激しく争い伯耆国で勢力を誇った南条宗勝の居城 羽衣石城
浜田城:家康より古田重治が拝領し幕末には松平武聡が長州藩の攻撃により城を焼失 浜田城
三原城:小早川隆景が築城した瀬戸内海の浮城 三原城
四国エリア
西条陣屋(西条藩):一柳氏が3代で改易され紀州藩の支藩として松平氏が治めた西条陣屋
岩屋城(淡路):第一次木津川口海戦の前哨戦では織田信長に属した安宅宗景の居城 岩屋城
来島城:能島村上水軍の分家で来島通直・来島通総の島城 来島城
宇和島城:藤堂高虎が築城し家康から伊達秀宗が配領 その後明治を迎える名城 宇和島城
安芸城:安芸国虎が長宗我部元親に戦を挑み敗戦し落城した安芸城
白地城:長宗我部元親の四国統一の重要な拠点となった白地城
仏殿城(川之江城):長宗我部元親に攻略された四国の要所で河野氏の居城 仏殿城
松葉城:長宗我部元親の伊予侵攻により降伏した西園寺公広の居城松葉城
勝瑞城:阿波三好氏の重要な拠点で三好実休が細川持隆から奪取した勝瑞城



